オーストラリア大陸が主要な分布地です。毒グモであり、死亡例の報告は1955年オーストラリアが最後です。 セアカゴケグモ抗毒素が開発された1956年以降、オーストラリアでは死亡例は報告されていません。 我が国では1997年に最初のセアカゴケグモ咬傷例が報告されました。2014年には東京で発見されて大きな社会問題となっています。 症状は、強い痛み、下腹部の痛み、発汗、頻脈などがあります。
セアカゴケグモ
seakagokegumoセアカゴケグモ咬傷
セアカゴケグモは、ヒメグモ科に分類される雌のみ有毒の小型のクモの一種である。和名は、「背中の赤いゴケグモ」の意味で東アジアからオーストラリア、南太平洋諸国まで広く分布する。日本国内には生息していなかったが、1995年9月に大阪府高石市、次いで三重県四日市市の埋立地で発見されて以降、生息地域を全国に拡大し2019年8月現在秋田県、青森県を除く全国に分布している特定外来生物である。攻撃性はないが、ヒトの生活環境の近くに生息し、側溝の内部、その金属製の蓋の隙間、宅地の水抜きパイプの内部、フェンスの基部、花壇のブロックの内部など巣を作る隙間があり、日当たりがよく、暖かく、餌となる昆虫のいる所に巣を作り繁殖し、触ると咬まれることがある。咬まれた直後は、軽い痛みを感じる程度だが、次第に痛みが増加し、腹痛、胸痛などが起こる場合がある。頻度はまれだが、重症になると、嘔吐、発熱、高血圧、頻脈などの神経毒による全身症状が現れる。
原産地のオーストラリアでは、死亡例の報告もあり、重症例には抗毒素治療も行われている。国内調査データのある大阪府内の咬症例は1995年から2019年までに96症例が公表されているが、2006年以降2013年ころまで大阪府内を中心に明らかに増加し、その後横ばい状況である。
国内でのセアカゴケグモ生息地の拡大と咬傷事例の増加は、幅広い年齢層での咬傷機会の拡大を示す。咬傷時に重症になった場合、全身症状と激しい痛みを伴う、また、外来の毒性生物が身近な環境に生息域を広げ、刺されると大変痛く重症例もあることから国民の不安が大きい。オーストラリアではCSL社の抗毒素が開発されてからセアカゴケグモ咬傷による死亡者は報告されていない事実も、治療に抗毒素製剤の必要性が高まる。この状況を受けて、2013年度に発足した厚生科学研究とAMED研究費「抗毒素の品質管理及び抗毒素を使用した治療法に関する研究」:一二三亨研究代表者(聖路加国際大学)では、臨床研究としてセアカゴケグモウマ抗毒素の輸入と国産ヤマカガシ抗毒素の使用時の副反応対策としての保証体制の整備、咬傷発生時のスムースな抗毒素輸送の検討と備蓄場所の検討等の検証・研究が行われた。 セアカゴケグモ咬傷への対策として、オーストラリアCSL社製セアカゴケグモウマ抗毒素を医師による個人輸入にて一定数購入し、咬傷事例が起きた場合はその治療薬として提供する計画であったが、実際の当該抗毒素の個人輸入は困難な状況であった。研究班としてそれぞれの希少疾病に対応してゆく中で、海外抗毒素製剤の個人輸入が著しく滞る状況があり、研究班の目的の1つであるセアカゴケグモ咬傷に対する国民の安全安心の確保を考慮すると、ヤマカガシ抗毒素の製造と同様に研究班において国内でのセアカゴケグモ抗毒素の製造の必要性が増してきた。2015年、セアカゴケグモについては、国産化セアカゴケグモ抗毒素の製造を実施することを決定した。国産化セアカゴケグモ抗毒素が完成した後には、安定的な供給ができるほか、アウトブレイクに対しても十分な対応が可能となると想定された。
環境省指定特定外来生物であり、国内で初めて発見されてから25,6年でほぼ全国にその生息域を広げたセアカゴケグモの咬傷重症例に対応するために、国産セアカゴケグモ抗毒素を製造し、GLP準拠の安全性試験を問題なく終了した。この国産抗毒素をヒトに使用するため、もう一つの条件として、第I相の臨床試験相当を実施し、その結果をもって、この薬剤を抗毒素班の臨床研究に使用可能となるところであったが、第I相の臨床試験は行われていない。本抗毒素は未承認薬品であり、ヒトへの投与にはその安全性試験が必須であると考慮しての試験計画ではあった。しかし、研究班が3年の区切りを経て代表者の交代を含めた研究内容の拡大もあり、また、この抗毒素の位置づけについて承認薬を目指す議論もあってヒトへの投与試験は行われていない。
本抗毒素は製造から3年が経過した。海外の抗毒素製剤と異なり、凍結乾燥製剤である国内製造ウマ抗毒素製剤の使用期限は安定で10年と規定されている。また、研究班の目的の一つであるヤマカガシ抗毒素は、製造後20年を経ているが、その品質に著しい劣化は起きていない。国産セアカゴケグモ抗毒素製剤も製造3年後の品質管理試験の結果は、その品質の劣化は見られていない。海外製品に比較しても十分な効力が期待できる国産抗毒素が大量に製造されていながら、一切その使用はなされていない。この抗毒素が国民に投与できる状態となって、供給の不安定な海外製品に頼らなくてよい状況ができることを期待するものである。現在まで、辛くも海外製品のセアカゴケグモ抗毒素製剤が輸入できて備蓄されている。また、セアカゴケグモによる咬傷自体は起きているが、幸いにして抗毒素を治療用に投与すべき重症例もこの間起きていない。しかし、海外からの抗毒素製剤の調達は決して安定的ではなく、使用期限が近づくたびに輸入先を探して綱渡りのような供給ができているに過ぎない。 セアカゴケグモ咬傷は著しい希少疾病であり、ヒトを用いた臨床試験は事実上不可能な本抗毒素製剤を承認薬として上梓するには、責任製造会社とその承認部署であるPMDA、厚生労働省の密接な協議が必要で、この点は現在も続く研究班の検討課題となっている。
国産セアカゴケグモ抗毒素製造と非臨床試験
山本 明彦 国立感染症研究所(感染研) 安全実験管理部